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無頓着な松のショートエッセイ

いろんなことに無頓着な著者が、なんとなく思ったことをエッセイ風に書き連ねる雑記ブログです。何か感じるところがあったりしたら嬉しいですが、気軽に読んでもらったらと思います。


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プラユキ・ナラテボー『苦しまなくて、いいんだよ。』読了し2周目

ここのところ、プラユキ・ナラテボーさんの『苦しまなくて、いいんだよ。』を繰り返し読んでいます。プラユキ・ナラテボーさんは、タイの寺院で副住職をしておられる方で、元々日本人だった方です(今の国籍がどっちなのかは知りません)。そのタイの寺院を訪れた、悩みを抱えた人との問答なんかを例にして、幸せに生きる方法を説く、まあ簡単に言うとそんな感じの本です。

これまでは主に日本で広まっている大乗仏教のお坊さんの本を読むことが大半でしたが、こちらはタイですから上座部仏教。でも私みたいな素人向けの説法というレベルでは、それほど大きな違いは感じず、学びを得ながら読み進めていっています。コミュニケーション。まず「賛成」も「反対」もなく、相手の言うことを「受容」する、目の前の相手、その相手と相対してる今を大事にする、など。

しかしまあ実際に実践しようとすると、本に載ってる通りのシチュエーションが起きる訳でもないし、難しかったりするわけです。妻から仕事がきついと言われ、「きついよねー」と「受容」はしたものの、次に何も言えなくなったり。それも結局、相手とまだまだ真摯に向き合えていないということなのかな。

でも、よく「男は女の愚痴に具体的な解決策を提示して怒られる」なんて事を言われますから、あんまり余計なことをいうのも良くないのかなと思ったりすると、何と言ったらいいか分からなくなっちゃうんですよね。それとも、「受容」だけでも相手としては受け止めてもらえたと思って満足してくれるのか。きっと、これが正しいという唯一の正解というものはないでしょうから、ずっと迷っていくんでしょうね。それを成長というのかもしれません。

それから、歩行瞑想というものにも興味を持ちました。本格的にやる時間が取れるかは分かりませんが、普段ちょっと気分転換に歩くときなんかに、一歩一歩、その歩に「気づく」。ただ歩くだけじゃなく、一歩一歩に集中して歩く。足の感触に気づき、外界の様子に気づく。

嶺興嶽さんだったかな?僧侶は極力音を立てずに生活する(うどんを食べる時を除く)というようなことを書いていましたが、歩くときに音を立てないのは、履き物を痛めないようにするという意味の他に、そういった集中して歩くという意味も込められてるのかもしれないなと思ったりもしました。実際の所はどうか分かりませんが。

そんなわけで、瞑想には集中力の向上など効果はあるとのことですが、あまりそういうのにこだわらず、ただただ平穏で静かな心で過ごすため、いろいろ知識や習慣を取り入れていこうと思いました。