無頓着な松のショートエッセイ

いろんなことに無頓着な著者が、なんとなく思ったことをエッセイ風に書き連ねます。何か感じるところがあったりしたら嬉しいですが、気軽に読んでもらったらと思います。


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私の料理道

ここ二年ほど、家で料理を作る機会が増え、最近ではほとんど毎日夕食を作っている。それまでは料理なんてほとんどやったことがなかったのだが、妻の仕事が忙しくなり、これまで以上に家事に寄与しなければとの思いで重い腰を上げた。便利な時代になったもので、インターネットでレシピを検索し、その通りに作れば、多少不細工でもそれなりに食べられるものができる。それどころか、何を作ったらいいか分からないという、逃れられない悩みに対してさえも、「簡単」「レシピ」なんてワードで検索すれば、簡単に作れるメニューのレシピを見ることができる。

 

私も最初は、とにかく簡単で私にでも作れるメニューを探し、緊張して震える手で調味料を大さじで量り、圧力鍋が爆発しないか恐怖に震え、なんとか完成させては必要以上のドヤ顔で食卓に供していた。とにかく料理というタスクをこなす、それだけで精一杯だった。

 

しかし、それこそ便利なレシピのおかげで、こんな私の作った料理でも味はそこそこ良く(派手に焦がしたり、火を通すべきを生で出したりしなかったのは私の功績である)、妻もおいしいおいしいと言って食べてくれた。やっぱり食べてくれた人のポジティブな評価というのはモチベーションをおおきくブーストしてくれるもので、毎日作っているうちに、おそるおそる切っていた野菜もある程度パッと切れるようになるなど手際も向上し、またある程度の技能を要する料理も作れるようになった。

 

自分としては努力しているつもりもなく、ただおいしく食べてほしい、また、飽きないように、栄養が偏らないように、など、家族の一員としての責任と、あと少しのチャレンジ精神でこれまでやってきたわけであるが、最初の頃を思うと随分成長したと感じている。作れる料理のバリエーションが増えたのもそうだが、手際が良くなったのが一番大きく、品数を増やして食卓をより豊かにできるようになったのが一番手応えとして感じるところである。手順を事前(主に駅からの帰り道)にシミュレーションしたり、電子レンジ等使ってコンロ口を同時に使わずにすむようにメニューを考えたり。その分妻の満足度も向上していると自負している。

 

ただ感じるのは、いつまでたってもレシピを検索する側の立場にいて、レシピを投稿する立場には移れない、すなわち、何も見ないでメニューを自分で考えることができない、というのが弱点だと認識している。結局は人真似しかできないのである。まあ料理屋を開くわけでもなし、家での食事だけだからそれでもいいんだけど、この状態である以上、「自分は料理ができる」「料理が得意である」とは口が裂けても言えないのである。

 

とはいえ、最近では、どの食材や調味料がどのような役割を果たしているかということも少しは分かるようになって、この料理にはこの食材を入れてもおいしいんじゃないか、とか、この調味料を切らしちゃった!じゃあこれとこれで代用したら大丈夫じゃない?とか、多少は判断できるようになってきて、基本的にはネットで検索したレシピなんだけど、もう一工夫というか、自分なりのアレンジができるようになってはきているかもしれない。

 

この状態って、修行の過程でよく言われる「守破離」の「破」の段階なのではないか!?と先日思った次第である。これまで「守破離」という言葉は何度も耳にしたことはあったが、自分のこととして向き合ったことはなかった。そうか、そういうことなのか。上にも書いたように、特に先を見て「守」をやっていた訳じゃない。そしたら、このまま「破」を続けていけば、知らないうちに「離」の段階、すなわち一丁前に「料理できる」と名乗れる段階にまで行けるかもしれないということか。これまで、どうやったら自分でオリジナル料理とか考えられるようになるんだろうと思っていたが、その道がこの先にある可能性がある、と思えただけで、またモチベーションが上がった。これからもひたすらにおいしいものを作っていこう。

 

と言っても、仮にそうなっても料理屋は開きませんよ(笑)

 

参考:守破離 - Wikipedia

 

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